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東京高等裁判所 平成12年(ネ)94号 判決 2000年12月05日

控訴人兼附帯被控訴人

株式会社ハーベスト・フューチャーズ

(控訴人と略称する。)

右代表者代表取締役

佐藤陽紀

右訴訟代理人弁護士

鈴木武志

浅田哲

笠松未季

被控訴人兼附帯控訴人

甲野太郎

(被控訴人と略称する。)

右訴訟代理人弁護士

淺井洋

主文

一  控訴人の控訴に基づき原判決主文第一項から第三項までを次のとおり変更する。

二  被控訴人は、控訴人に対し、金二八〇万円及びこれに対する平成七年九月六日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

三  被控訴人の反訴請求を棄却する。

四  被控訴人の附帯控訴を棄却する。

五  訴訟費用は、第一、二審とも、被控訴人の負担とする。

六  この判決の第二項は、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴人

1  原判決主文第一項から第三項までを次のとおり変更する。

2  被控訴人は、控訴人に対し、金二八〇万円及びこれに対する平成七年九月六日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

3  被控訴人の反訴請求を棄却する。

4  被控訴人の附帯控訴棄却

二  被控訴人

1  原判決主文第一項から第三項までを次のとおり変更する。

2  控訴人は、被控訴人に対し、金二六六五万三四一七円及び内金二四二三万三四一七円に対する平成五年七月二一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

3  控訴人の本訴請求を棄却する。

4  控訴人の控訴棄却

第二  事案の概要

一  控訴人は、商品先物取引の受託等を業とする会社であり、被控訴人は、コンピュータソフトウェアの開発を業とする会社(ただし従業員は三名)の代表取締役をしていた者である。被控訴人は、控訴人を通じて、大豆、小豆、乾繭、ゴム、金等の先物取引を行った。本訴は、控訴人が清算金二八〇万円の支払を求めた事案である。反訴は、被控訴人が、控訴人の従業員には、断定的判断の提供、無断売買、無意味な反復売買、必要のない両建を行うなどの不法行為があったとして、民法七一五条に基づき、被控訴人が支出した二四二三万三四一七円と弁護士費用二四二万円の合計二六六五万三四一七円の損害賠償金の支払を求めた事案である。原判決は、控訴人の従業員の不法行為を認めた上で、被控訴人の過失も四割の割合であるとし、本訴につき清算金の四割の支払を命じ、反訴につき損害賠償金の六割の支払を命じ、その余の本訴請求及び反訴請求を棄却した。そこで、これに対して控訴により控訴人が不服を申し立て、附帯控訴により被控訴人が不服を申し立てたものである。

二  右のほかの事案の概要は、次のとおり付加するほか、原判決の該当欄記載のとおりであるから、これを引用する。

(控訴人の当審における主張)

1 原判決は、被控訴人が、控訴人に取引を委託するまで商品取引の経験がなく、控訴人との取引中も、先物取引の危険性について充分な知識がないまま、控訴人の従業員の言いなりになって取引をしたものであるとの前提に立ち、控訴人の従業員は適法な勧誘行為をしていたにもかかわらず、先物取引の危険性についての説明義務違反、利益が生じることが確実であるとの断定的判断の提供、個々の取引について事前に被控訴人から指示を受けることなく一任売買、無断取引を行い、被控訴人が手仕舞いを求めてもこれを拒絶して追証を入れさせ、被控訴人に過大な借金をさせてまで取引を繰り返すなどの不法行為をしたと認定した。しかし、これらは全て事実を誤認したものである。

2 被控訴人が、控訴人以外の商品取引の会社と多数本件と同時並行的に取引していたことは、一審の審理の終盤になって、控訴人の調査により判明し、その証拠を提出したが、原審裁判所は、これを無視した。控訴審段階でも、さらに調査したところ、平成五年頃から現在までに、一審で判明した以外に四社もの会社との取引をしていることが分かった。被控訴人は、このことを秘して、本件訴訟に臨んでいたのであり、その訴訟態度は、信義に反するものである。

(被控訴人の当審における主張)

1 原判決が、控訴人従業員の不法行為を認めたのは正当である。商品取引会社従業員の不法行為が肯定される場合、信義則上、商品取引会社の清算金請求権は発生しないものと解するべきである。したがって、原判決が、清算金支払義務を一部でも認容したのは、法の解釈を誤ったものである。

2 被控訴人のような素人の委託者は、相場のことは皆目分からないのであり、このような委託者に対して、従業員の不法行為が認められる場合には、委託者の損害について、委託者の過失を認めてその損害の負担をさせるのは、不当である。原判決が、四割の過失相殺を認めたのは、法の解釈を誤ったものである。

第三  当裁判所の判断

一  当裁判所は、控訴人の清算金の本訴請求は理由があり、被控訴人の損害賠償の反訴請求は理由がないものと判断する。

その理由は、以下のとおりである。

1  事実の経過

証拠(原判決挙示の証拠のほか甲一二の一、二二の一ないし六、二四、二九の1ないし九、三〇の一ないし四、三一の一ないし七六、三二の一ないし八、当審における証人姫野健一の証言、被控訴人本人尋問の結果)によれば、本件の事実の経過は、次のとおりであったと認められる。

(一) 被控訴人は、昭和五六年に鳥取大学工学部を卒業している。家電メーカーでコンピュータソフトの開発を経験した後、昭和六二年にソフトウェアの開発を業とする株式会社△△を設立して、従業員三名で経営してきた。

(二) 平成四年に控訴人の従業員である長島剛が被控訴人を商品取引に勧誘した。同年一一月九日、被控訴人は、控訴人を通じて、最初の取引(大豆二〇枚の買い建て)をした。このとき、被控訴人は、長島の儲かるとの断定的判断の提供を受け、消極的な気持ちで電話で取引を始めたと主張する(原判決もこの言い分どおり認定した。)が、真実は、みずから控訴人の店舗を訪れて証拠金一〇〇万円を預託して(被控訴人は証拠金を送金したと主張するが、証拠金は現金で交付されたものである。甲一二の一)、取引を注文したものであり、被控訴人は、積極的に取引することを望んだものである。

(三) 被控訴人は、右の最初の買い建てを、平成五年三月二五日反対売買により仕切り、利益を上げた。この間四か月、被控訴人が認めるとおり(乙一)、控訴人の従業員は、被控訴人に対して殆ど電話連絡してこなかった。このことは、この最初の取引は、控訴人の従業員の提案に基づくものでないことを示している。そして、毎月末日現在の値洗の結果は、書面で被控訴人に通知されており、それは、最高で四〇万円あまり最低で五万円あまりの利益であった。これらの事実から判断すると、被控訴人は、取引について損が出ているために、四か月間仕切らなかったのではなく、より大きな利益を上げようとして、仕切らなかったものと推測される。

(四) 被控訴人の述べるところでは、平成四年一一月九日から翌平成五年二月二三日まで、控訴人の従業員は、売買を提案してくることがなかったという。顧客の考え方を知り、その注文を得ようとする立場にある商品取引会社の従業員が、新規に顧客を獲得したというのに、さまざまな提案をしてくることがなかったということは、被控訴人が、従業員から見て、初心者ではなく、みずからの判断で取引をするしっかりした顧客であったということを示している。

(五) 被控訴人は、平成五年二月二四日から四月二八日まで連続して取引をし、四月三〇日現在の差引損は、二九五万円余りとなった。この段階で、被控訴人は、控訴人の従業員からもっと取引を続けて損を取り返してはどうかといわれたというが、みずからの判断で、全ての取引を手仕舞い、残る証拠金の返還も受けた。

(六) 被控訴人は、平成五年五、六、七月及び八月中旬まで、控訴人では、商品取引をしていない。ところが、被控訴人は、平成五年八月一八日控訴人との取引を再開し、平成六年四月六日取引を最小限に縮小するまで、さまざまな取引をした。被控訴人は、控訴人の従業員の不法な勧誘により取引したものであると主張するが、この期間中に、被控訴人は、控訴人とは別のダイワフューチャーズや日光商品、山大商事とも取引を始めたものである。このことは、被控訴人の商品取引をしたいという欲求は、控訴人の従業員の勧誘とは無関係に存在し、それが相当に大きかったことを示している。

(七) 被控訴人は、一旦縮小した取引を、平成六年五月に実質上再開し、平成六年七月二〇日までに多数の取引をした。その取引の清算金の残高が、本訴で請求されている二八〇万円であるが、これまでの被控訴人の損失は、二千数百万円にのぼっていたものである。そして、被控訴人は、この損害は、控訴人の従業員らのさまざまな不法行為によるものであると主張している。ところが、被控訴人は、平成六年七月二一日に作成した、清算金の分割支払を約した書面に、今までの取引について問題はありませんと記載し、控訴人に交付した(甲二四)。

(八) 被控訴人の主張するところでは、控訴人の従業員の不法行為によって、望みもしないのに、商品取引をして大損をし、何もかも財産を失い、しかも多額の借金に苦しめられるようになったというのである。もし真実そのとおりなら、被控訴人が望みもしない商品取引に再び手を染めることはないはずである。ところが、被控訴人は、前記の書面作成の翌日である平成六年七月二二日、北辰商品で取引を始めた。また、すでにしていた日光商品との取引は、翌平成八年六月まで継続した。そして、平成八年七月には、再び、ダイワフューチャーズと取引を始めた。さらに当審で判明した被控訴人の取引会社は、四社にのぼり、現在でも商品取引を継続している。

2  控訴人従業員の不法行為の有無

右に認定したところより明らかなとおり、被控訴人は、小なりとはいえ、企業を経営する者として、社会経験を積む機会が豊富にあったものと認められる。そして、これらの経験を通じて商品取引の危険性を十分に知っていたが、それにもかかわらず積極的に商品取引を希望していたものと認められる。このような経歴と経験を有する者の場合、控訴人の従業員が商品取引の危険性をこと改めて説明するまでもないのであり、控訴人の従業員に商品取引に関する説明義務の違反を認めることはできない。

そして、被控訴人のように、積極的に商品取引をしようとする者の場合、その積極性は、商品取引をみずから主体的にすることにより強い緊張感を味わうことができるなど、その取引に魅了されることにより生じるのである。商品取引をしたい、その味が忘れられないというのが実態であり、その故にこそ、会社や家族を忘れてまで、取引を始め、それをやめられないのである。そして、自分で取引をするからこそ味わえる緊張感その他の魅力を、他人である控訴人の従業員に与えるなどということは、経験則上、考えられないことであって、被控訴人がいうように、従業員のいうままに、分からないまま消極的にその勧誘に従っていたと認めることはできない。被控訴人は、みずからの判断で積極的に商品取引をしていたのであり、控訴人の従業員は、被控訴人が一般顧客と異なり、せりを通すこと(取引所での競りの内容を同時に電話で報告させること)を求め、それを聞きながら、注文を出していたと述べている。

したがって、控訴人の従業員に、被控訴人の主張するような断定的判断の提供、一任売買、無断売買、無意味な反復売買、行う必要のない取引、手仕舞い拒否、その他の不法行為の事実を認めることはできないものである。

3  結論

以上の次第であって、被控訴人は、控訴人に対して、清算金残金二八〇万円とこれに対する訴状送達の翌日である平成七年九月六日以降商事法定利率年六分の割合による遅延損害金を支払うべき義務があり、本訴請求はすべて理由がある。また、被控訴人の反訴請求である損害賠償の請求は、不法行為の事実がないのであるから、すべて理由がない。

二  したがって、控訴人の本訴請求の一部を棄却し、被控訴人の反訴請求の一部を認容した原判決は失当であり、取消しを免れない。そこで、控訴人の控訴に基づき原判決主文第一項から第三項までを変更して、本訴請求を全額認容し、反訴請求を棄却し、反訴請求の全額認容を求める本件附帯控訴を棄却すべきである。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官・淺生重機、裁判官・西島幸夫、裁判官・江口とし子)

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